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ヒロポン(覚醒剤)の戦後乱用史を現代ビジネスに寄稿|遠山怜

講談社「現代ビジネス」に、戦後日本のヒロポン(覚醒剤)問題を扱った前後編の記事を寄稿しました

2026年10月4日、現代ビジネスにて、戦時中に実用化された覚醒剤が、なぜ戦後に乱用禍へ拡大したのかを検証した記事が公開されました。国会議事録、当時の医学論文、公文書、社史、関係者の著書などの一次資料をもとに、責任の所在がどう移っていったのかを追っています。

▼ 前編:国鉄は職員に「覚醒剤」を強制投与していた…ヒロポンの流通を推し進めた国と研究者の「呆れた言い訳」
▼ 後編:「敗戦しなければ今ごろ東大教授だった」…特攻隊の死の恐怖をヒロポンで誤魔化した「研究者たちの無責任」

前編の要点:戦後の市場流通と「個人の問題」へのすり替え

  • 戦後、大日本製薬(現・住友ファーマ)の下には軍の払い下げとなった自社製品が集まり、その中にヒロポンがありました。1948年の旧薬事法のもとで、覚醒剤は「国民医薬品集」に収録されました。
  • 1947年7月、ヒロポン常用の17歳少年の急死が報じられました。東京帝国大学名誉教授の三浦謹之助は死因を心臓疾患と結論づけ、販売は直ちに停止されませんでした。
  • 職場での使用も推奨されました。国鉄の機関士だった向坂唯雄は、乗務前に「明快錠」の服用を命じられたと証言しています。中身は覚醒剤でした。全日本金属労働組合の渡邊三知夫も、1950年の衆議院大蔵委員会で実態を述べています。
  • 厚生省の1955年の全国調査では、使用経験者の約15%が「夜間作業」をきっかけに使い始めたと回答しています。
  • 大日本製薬は依存を「意志の恒定性を欠いた性格異常者」の問題とし、参議院議員の中山壽彦も「薬品自体の責任ではない」と発言しました。

後編の要点:研究への疑惑と、戦後に語られた説明

  • 戦時中、覚醒剤は「夜間視力向上」「戦力強化」に効果ありとして実戦投入されていました。
  • 長沢重五は『陸戦兵器総覧』(1977年)で、夜間視力増強薬の研究に疑問を投げかけ、虚偽・誇大報告をした研究者がいたのではないかと記しています。
  • 横須賀海軍病院の柳田友道は、服用実験で両群に見るべき違いはなかったと述べています。ところが公表された報告には効果があったと記されており、「誠に心外だった」と書いています。
  • 川島四郎は1979年の自著で、栄養研究は詳細に記録する一方、ヒロポン入りチョコレートについては実験の過程に触れず、「すでに実戦登用中」という結果のみを記しています。
  • 川島の部下だった岩垂荘二は、戦後50年近く経って研究を公開しました。「今考えると恐ろしい」と語る一方で、「これも戦争という残酷な状況のなせるわざ」と結び、「敗戦しなければ今頃東大教授だった」とも書いています。


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